ハワイ島のロミロミスクール“Hale Ola” Alaka'i のblog

ローカヒロミロミのクムロミであり、カフナである デェーン・カオヘラニ・シルバ 主催のハワイ島にあるロミロミスクール”ハレオラ”のアラカイ(クム・デェーンの日本人アシスタント)クーレイナニ 由美子のブログです。

カテゴリ: Ku'uleinaniのハワイ島生活

皆さんアロハ


「日本人は、人生よりも『仕事』を大事にする」 鈴木敏夫さんがタイで感じた、現代日本人の生き方



この記事をまずは読んでください。

生徒さんを迎える中で時々思う事が

天職を見つける事が幸せへの近道とロミロミの門を叩く方がいらっしゃる時があります。

好きなマッサージを仕事にしたい。
ハワイも好き。

マッサージとして興味を持っていただくのは大変ありがたいのですが いざロミロミのセラピストになるという事は ハワイアンの考えを理解して体現するところから始まります。


日本人は仕事を大切にするあまり 
ロミロミの技術向上やハワイアン文化を知識として覚える事に焦ってしまう部分が見受けられます。

私がロミロミの向上に一番大切だ思う事は ハワイアンが一番大切にする 家族を大切にする価値観に軸を合わせる事。ロミロミを理解するにもフラを踊るにもまずはそこが基礎になってくると思います。

家族といっても勿論血の繋がりのある家族だけを指している訳ではなく、助け合って生きているオハナも含まれます。

ソーシャルメディアでネイティブハワイアンとお友達になるとわかりやすいのですが
皆さん その人のオハナへの思いが見えてきます。
家族が生きる上での価値の中心になっていて、何を大切にしているかという事が見えてくると思います。

そして大多数の日本人は家族愛が溢れていたとしても遠慮の為か あまり出さない傾向にあるかと思います。逆に子供の写真だけになって本人が見えて来なくて誰のアカウントかさえわからなくなる事はあるかもしれません。


ソーシャルメディアで家族を出しましょうと言っている訳では勿論なく これは一例なのですが

マッサージとしてはいろんな技術を習ったけれど 私がやっている事はロミロミなんであろうか?
ハワイアンが行なっているものとの決定的な差はなんなんだろうと思った事があるみなさんに是非読んで戴きたい記事だなと思いました。

ハワイアンは土地を次の世代が食べ物を食べられるように開拓し食べ物のなる木を植えます。

ロミロミも1つのハワイの文化継承として次の世代を意識して行く思いを持って行動する事が何より大切だと思っています。

このオハナのコンセプトを理解する事が 
アロハの意味を理解する近道となると思っています。

つまり ロミロミを仕事にする事が幸せなのではなく ロミロミを通してハワイアンのコンセプト、ハワイアンの価値を自身に浸透させて行動に移す事、その理解があってロミロミが出来たなら幸せへの道かもしれません。

オハナとは? アロハとは?ロミロミとは?
ワークショップ中に必ず考えて頂くこの3つ。

誰かのコピーペーストではなく自分の理解と言葉で説明できるロミロミセラピストを育てるのが私の目標の1つです。

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皆さま アロハ!


クムデェーンとカメハメハスクールのクムフラ、ピイラニ先生とフラの生徒さんで薬草を収穫に行って参りました。
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クムのトラックも我が家のバンも薬草でパンパン
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クムの木を砕く機械が二回壊れてしまったので
大きいものは我が家で砕いています。
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又はこちらのポハククイアイを使って根は叩きます。
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夫の手作り ポハククイアイ。

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水に浸けてよく洗います。
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そして 乾燥させます。
残りの工程は一緒に収穫をしてくださったクムピイラニと生徒さんとモアニケアラで行う予定です。

クムのトラックの薬草はロイヤルオーダーカメハメハの皆さんと作り方をシェアしています。

※私のヒロのロミロミの施術ではこちらの薬草オイルを使用しています。

効果は勿論ですが一度この工程を行うと薬草オイルをより感謝してもらえる事と思います。

充実したロミロミ産休時間を過ごさせていただいています。しっかりと準備をして復帰しますのでもう少々お待ちください。

皆さま アロハ

我が息子がこの世に産まれた同日におめでたい事がありました。

スイスのローカヒロミロミのインストラクター、クム ノエルとスイスのオハナ達の働きかけによって

スイスで彼女達のロミロミが健康保険の適用になりました!

ここまでたどり着くまで沢山のステップがあり課題がありました。沢山の臨床結果を提出しました。

それを乗り越え 歴史的な一歩となりました。

スイスでローカヒロミロミのクリニカルな部分も含めて認めてもらったという事実が嬉しいです。

そんなスイスチームから息子への贈り物が届きました。
10月に御一行がハワイ島入りし 一緒にロミロミカンファレンスに参加し過ごします。
このスイス服を着て会うのが楽しみです。

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スイスのノエルのサイトです。

皆さま アロハ

無事出産をし1ヶ月半が経過しました。

出産予定日よりも2週間以上早く出てきてくれた我が子。

出産前日にはロミオハナまみちゃんとヒロにある予約必須の6席しかないポールズへ。

偶然予約無しでも座ることが出来、メニューにも美味しそうなパスタを見つけ、お食事後にはワッフルのサービスまでして戴き 満喫 。

なんだかもうお腹が手狭で出てきたそうだなと思いながらも、、、夕方はフラへ。


フラから帰宅すると、
そこで世の皆さんがいうこれがおしるしであろうという出血があり 夫にすぐさま報告。

「1週間以内に出産になるかな?」

まさか翌日に産まれるとは思わず
大掃除を開始、、、、

自宅出産を選んでいたものの 予定日あたりに出てくるものと勝手に思いこんでいた私は自宅の準備が全く済んでいなかったのでした。

さらに小さな陣痛の波が始まってからも
“これはきっと前駆陣痛。偽りの陣痛に違いない”と 夜中あまり眠れずにそのまま朝を迎えても
仕事を休もうとする夫に 「大丈夫だから仕事へ行って!」と言い
現在建設中の為頼んでいる工事の大工さんを断ろうとする夫に
「そのままお仕事続けて貰って!」
という お願いをする私。

結局夫の判断で大工さんは断り 夫は仕事を休みました。

9:30 am

「助産師さん呼ぼう。陣痛の間隔が五分切ったよ」という夫に
「呼ばないで まだだから!」と 答える私。

頭の中では 産道も開いてなくて助産師さんを長くお待たせする事になっても嫌だし 赤ちゃんの頭が出てきたくらいに呼んでくれたら丁度良いという 無謀な考えをしていました。

10:30 am

勿論 私の無茶な意見は聞き入れられず 夫の連絡で助産師さん到着。

その時には先ほどまでの余裕が少しづつなくなり 無言で家のラナイを右往左往。
手すりに寄りかかり モアニケアラの景色を見て
青空を見ていると  緑とお花と空がすーっと痛みを引いてくれたのでした。


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寒気と生理痛のような痛みの波を体を揺らしたり歩いたりしながら軽減し 疲れてきた頃に助産師さんがベストなタッチでベストな場所をさすってくれるのでした。

夫に仕事へ行って貰い、ひとりで産みたいと思っていたアイディアはこの頃には消え、助産師さんのゴッドハンドにすがり、助産師さんにコーヒーをいれてもてなして 陣痛の波が来るたびに側でずっと頑張ってーと手を握ってくれている夫に感謝。
居てくれて良かった。

陣痛の最中に 助産師さんがお昼ご飯を食べて 飲み物を飲んでいるか気になってしょうがなかった 私は もしやり直しがきくのなら出産予定日3週間前から おもてなしセットを冷蔵庫に用意しておく事でしょう。

13:30

子宮口 5cm
だんだんと陣痛の間の休憩の間にもお喋りが出来なくなったり 意識が遠くなってきていましたが 遠くで助産師さんが夫に
「出産はディナーの後ぐらいになるわね」と言った言葉がきこえて

ディナーまでこれはきつい。出る事ならなんでもしようと子宮口を開く事に集中し始めました。この時の助産師さんとアシスタントナースの方の手足、腰のマッサージが最高でした。

間違えなく人生の中で忘れられないタッチになりました。

3:30 

夫が作ってくれたバーススツールで出産したかったこともあり、出産用のプールを用意しましょうかと言う助産師さんに 片付けが大変になるのは申し訳ないので 陸で産もうと 要らないですの一点張りだった私ですが、助産師さんの判断でお湯を張ったプールで陣痛を緩和しましょうとの事で入水。

あー気持ちい。こんなに気持ちいならもっと早く受け入れればよかったと思うほど。

助産師さん曰く ずっと同じ姿勢や場所にいない事がリラックスを生んで良いとのこと。
なんでもその道の専門家に従うものだと思いました。

「もうひとり産みたい? これもう一回は辛いな。10人産んでる人達は凄いな」と頭の中で自問自答をして過ごしたプール。既にいい思い出です。


3:50 pm

3回目の陣痛の波で羊膜に包まれたままするっと産まれてきてくれました。

出て来る瞬間は海亀になった気分で、するっと出てくる感覚はなんとも気持ちいものでした。
この部分だけなら何度でも出来ます。

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羊膜を破って 助産師さんが渡してくれました。

そしてそのままベッドに移動し抱っこをしたまま 胎盤が出て来るのを待ち、胎盤の血液が赤ちゃんに移ったら処理をしました。この子がお腹にいたのかと思いながら 少し放心状態。

その後順調に産後回復しつつも 涙もろくなったり イライラしたりとホルモンのアップダウンはありましたが
1ヶ月も過ぎた頃には子供のいる生活になれてきて段々と余裕が生まれてきました。


ブログを書きたくとも全く文章が組み立てられず 書き始めても完成しない 日々でしたが 
ようやくご報告ができました。

お祝いのお言葉ありがとうございました。

徐々に復帰して参ります。
どうぞよろしくお願い致します。

皆さまアロハ

ハワイ島在住者として、ご縁を頂き ワクワクする事を日々挑戦させて頂いています。

-ロミロミのクリニックでセラピスト
-クムデェーンのロミロミスクールのクムのアシスタント、ロミロミの指導、クムデェーンの世界にいる生徒全体のリーダーとしてオハナをまとめる事、そしてワークショップのコーディネート
-そして 前回のブログでも書きましたが、ハワイアン、フラ、音楽の人にとって大切な歴史的な土地に縁を頂き その土地に住み 土地を以前の歌に歌われたような状態に戻す活動をしています。

そんな活動をライフワークとして生活しているのですが 八丈島のインストラクタータロちゃん率いる団体SHIPがもう一つ私の心からやりたかった活動の機会を与えてくれました。

それは高校生文化交流プログラムの現地コーディネーターとして 次世代のリーダーの育成に携わる事。

高校生の限られた滞在期間の中でどれだけ彼らの人生にインパクトを与えられるか、成長に繋がる経験を提供できるかを現地コーディネターとして日本の団体SHIPと共に考えるのは本当に楽しい時間でした。

プログラムが終わった時には 参加していた高校生 一人一人が甥っ子姪っ子のような感覚で、可愛さも愛情も膨らみ、私達夫婦でこれからも出来る事を引き続き行なって行きたいと思っています。

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モアニケアラに繋がる滝
タロ芋畑作りの合間のピクニック

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ハワイ大学のハワイ語の教授 クムケコアとハワイ語の学校ナーヴァヒの先生 クムペレと一緒に


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みんなが滞在中お世話になったカメラマンのニックさんの御宅の前で ニックさんと一緒に
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可愛い 島の子供たち。
夫は自分の子供の時を見ている感覚になったと言っていました。
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ヒロ高校にて 交流プログラム。
プレゼンテーションもよく出来ました。
ヒロ高校の先生方 大変お世話になりました。
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カラマナマナも参加してみんなでラウラウ作り
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モアニケアラのパビリオンにてハワイ大学の教授 クムケコアのフラ教室
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みんな上手に出来ました。
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クムケコアはケアリイレイシェルのバックアップシンガーとして活躍していた事もあるほどの美声の持ち主。 クラスのその場にいて歌を聴いているだけでうっとり。
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ハワイ語の学校 ナーヴァヒの訪問
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小笠原チームはダンスを披露

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みんな本当に頑張った ハワイアンにとって欠かせない食物 タロ芋畑作り
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みんなが帰国してからも タロ芋達は
芽を開き始め

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今ではこんなに成長しています。
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SHIPの フルタさん

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タロちゃん そして 八丈島の魚谷さん

本当に素晴らしい機会をありがとうございます。これからもどうぞ宜しくお願い致します。

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